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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)3177号 判決 1978年9月25日

原告 TK体育センター

右代表者理事長 長秀行

右訴訟代理人弁護士 山本忠雄

同 塩見利夫

同 阪井紘行

同 井上俊治

右訴訟復代理人弁護士 山口孝司

同 吉井昭

被告 岡本実

被告 重江秀樹

被告両名訴訟代理人弁護士 山本浩三

同 相馬達雄

同 大橋武弘

右訴訟復代理人弁護士 小川真澄

同 宇多啓子

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一〇三万七二五〇円及びこれに対する昭和五一年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、原告が各被告に対しそれぞれ金三〇万円の担保を供するときは、その被告に対して、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一〇一二万一五〇〇円及びこれに対する昭和五一年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告両名の本案前の答弁

1  原告の訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告両名の請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、社会体育活動を目的とする代表者の定めのある権利能力なき社団であり、地域住民から会員を募り、入会した会員を少年・婦人・成年の各クラス別に編成し、各クラスに専属の体育コーチを置いて体育活動を行なってきたものである。

(二) 被告両名は、いずれも昭和四八年四月ころ専任コーチとして原告に入所し、被告岡本は同年一〇月から主任コーチとして原告の業務運営一切を担当し、被告重江はその補助者としての業務を担当していたものである。

2(一)  被告両名は、昭和五〇年一一月ころから、原告の施設の近隣地区に訴外株式会社社会体育センター(以下、社会体育センターという。)という原告と同様の業務内容を有する営利法人の設立を秘密裡に企図し、以来その地位を利用して、原告に所属していた各コーチ、トレーナー、会員に、原告が昭和五一年三月末日限り閉鎖するかの如く虚偽の事実を告知し、社会体育センターは同年四月一日に開校するから移籍するよう勧誘した。

その結果、被告両名以下当時原告に勤務していたコーチ、トレーナーの全員及び会員のうち多数が社会体育センターに移籍したため、原告は、同年三月中旬をもって事実上その活動を停止せざるをえなくなった。

(二)(1) 原告は、昭和四七年一〇月開設以来、利潤を考えず地域住民の社会体育活動に献身してきたため、その活動ぶりは新聞で報道されるなど社会的に高い評価を得、所属会員数も昭和五一年二月ころには三〇〇名余りになっていた。ところが、原告は被告両名の右行為によってその活動を継続することができなくなったため、今迄築きあげてきた社会的信用及び地域住民との結びつきを一挙に失った。

(2) 右社会的信用の失墜等によって原告の被った無形の損害の額は、九〇〇万円と評価するのが相当である。

3(一)  原告は、各会員につき、当初は各クラス一率に入会金一〇〇〇円、各月会費として児童、婦人クラス各二〇〇〇円、成人クラス三〇〇〇円、その後、入会金は各クラス一率に五〇〇〇円、各月会費として児童クラス三〇〇〇円、婦人クラス三五〇〇円、成人クラス五〇〇〇円をそれぞれ徴集していた。

(二) 被告岡本は、会員の入、退会手続に関する一切の業務、入会金及び各月会費の徴集等の会計業務を統括し、被告重江は、被告岡本の補助者として、入会受付手続、書類の保管、会員名簿の作成、所属会員からの各月会費等の徴集、及びその記帳等の業務を担当していたところ、被告両名は右各業務を適切になさず、あるいは原告のために預り中の入会金、会費を横領したため、原告は次のとおりの損害を被った。

(1) 別紙目録(一)記載の各月会費合計二五万三五〇〇円

右金員は、各会員から被告両名に納入済であるにもかかわらず、被告両名から原告に引渡されていない。

(2) 別紙目録(二)記載の会員(会員番号のみ判明する者を含む。)合計一二四名の入会金、各月会費合計八六万八〇〇〇円

右一二四名の会員は原告に在籍した事実があるにもかかわらず、入会申込書の所在が判明せず、したがって被告両名から原告に対し会計処理の報告が全くないばかりか入会金等の引渡しもない。各会員は少くとも平均二ヶ月在籍したものと考えられるので、入会金として最低一〇〇〇円、各月会費として平均月三〇〇〇円宛の入金があった筈である。そうすると原告の損害は次の計算式のとおり合計八六万八〇〇〇円である。

(入会金)一〇〇〇円×一二四(名)=一二万四〇〇〇円

(各月会費)三〇〇〇円×一二四(名)×二(ヶ月)=七四万四〇〇〇円

4  よって、原告は被告両名に対し、各自(不真正連帯)、前記2につき不法行為による損害金九〇〇万円、同3につき、第一次的に債務不履行、第二次的に不法行為(横領)による損害金一一二万一五〇〇円(以上、2、3の合計一〇一二万一五〇〇円)と、これに対する訴状送達の日(各不法行為の後または損害金請求の日)の翌日である昭和五一年七月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告両名の本案前の抗弁

1  原告は、昭和四九年ころ作成された規約(ただし、これは案であって、必ずしも現実に施行されたものではない。)を有するが、同規約上、訴外東洋機械株式会社(以下、東洋機械という。)の代表取締役のである訴外長秀行を理事長とし、理事長と理事長が任命する若干名の理事によって理事会を構成し、これが原告の最高決議機関とされている。現実には、右理事会は右長と東洋機械及びその子会社である訴外東洋機械通商株式会社(以下、東洋機械通商という。)の役員または従業員である一、二名の理事によって構成されているうえ、右規約上理事は理事長が任命することになっているにもかかわらず理事長の任命権者は明らかにされてないところからも判るように、右長が理事会の実権を掌握していた。

2  また、理事会の下には運営委員会が設置されていたが、これは単に運営上の協議をなすにすぎず、運営委員は原告の最終意思決定に関与することはできないし、原告の所属会員も単なる顧客であるからその意思決定に何ら関わるものではない。そうすると、いわゆる社団における社員と目すべき者は、前記理事長及び理事以外には存在しないことになり(この理事も理事長によって任命され、東洋機械及び東洋機械通商において理事長である長の支配下にある者であることは前記のとおりである。)、現実に運営委員及び会員を含めた総会が開催されたこともない。

3  原告は、東洋機械の倉庫を改造した体育館をその活動のために使用しているが賃借料を支払っていないし、東洋機械から独立した税務申告もしておらず、被告岡本及び原告の顧問である訴外山本隆久に対する給料は税務処理上東洋機械から支払われ、被告重江その他のコーチ、トレーナーに対するアルバイト料の支払については、税務会計上の主体が明らかでない。しかも、原告は、もともと東洋機械の従業員の体位向上を目的として設立されたもので、従業員が前記体育館を使用しない間、便宜地域住民の会員に開放されていたにすぎないのである。

4  以上のとおり、原告は、実質的には前記長の個人事業または東洋機械の厚生事業であって、権利能力なき社団として独立の人格を付与するに足るだけの実体を備えていないから、民訴法四六条の法人格なき社団で代表者の定めのあるものには該当せず、原告には当事者能力がないから、原告の本訴請求は訴提起の要件を欠く不適法なものである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実のうち、原告が地域住民から会員を募り、原告主張のクラス編成をし、各クラスに専属コーチを置いて体育活動をしてきたことは認め、その余の事実は否認する。

同(二)の事実のうち、被告岡本がそれぞれ原告主張のころに原告の専任コーチ、主任コーチになったこと、被告重江が原告の専任コーチになったこと(但し、同被告が専任コーチになったのは昭和四九年四月である。)は認め、その余の事実は否認する。

2  同2の(一)の事実のうち、原告の近隣地区(約一・五キロメートル離れた場所)に社会体育センターが設立されたこと、被告両名及び原告所属の会員の一部が同体育センターに移籍したことは認め、その余の事実は否認する。

同(二)の(1)の事実は不知、同(2)の損害額は争う。

3  同3の(一)の事実は認める。

同(二)の事実のうち、被告両名が会員の入会受付事務を行なっていたこと、被告重江が会費等の徴集及び名簿の整理を行なっていたことは認め、その余の事実は否認する。

四  被告両名の主張

1  被告両名が原告から社会体育センターに移籍したのは、原告の使用する体育施設が劣悪であったため再三改善を要求したにもかかわらず改善されなかったためであり、原告の会員の一部が同体育センターに移籍したのも、もっぱら原告に比べ同体育センターの設備がはるかに優秀であったからであって、被告両名の行為には何ら違法性がないし、仮に被告両名の行為に違法性があるとしても、原告の損害の内容は明らかでないから、原告の請求原因2の損害賠償請求は失当である。

2  被告両名の原告における業務は、体育活動のコーチであって、その会計業務は、東洋機械総務課長西田悦男及び同経理部長笠原利一が担当していた。もっとも、被告両名は体育コーチのかたわら、日々の雑貨品及び運動用具購入の出納、日報及び会員名簿の記載を担当するほか、入会受付、入会金、各月会費の徴集にあたることもあったが、右の業務のうち、入会受付以下の業務は他のコーチ、トレーナーとともに便宜上行なっていたにすぎず、その責任者が決まっていたわけでもない。そして、入会金等を徴集したときは、右日報とともに即日会計担当者に納入していたのであるから、これらの事務は被告両名の業務内容をなすものではない。

また、原告のような事業においては会員の移動が激しく、原告では正式の退会手続も定めていなかったため、有効会員数の把握は極めて困難であるうえ、入会申込者の中には口頭で申し込む者もあり、申込み後現実には会費も払わず会員にもならなかったものも多かったのである。

したがって、原告の請求原因3の損害賠償請求も失当である。

3  仮に請求原因3の事実が認められるとしても、原告の会計処理は杜撰であって、かつ、会計監査も十分に行なわれていなかったことにも一因があり、原告にも過失があったから、損害額の算定について斟酌されるべきである。

五  被告両名の主張3に対する原告の認否

原告に過失があったとの主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本案前の申立についての判断

一  《証拠省略》によると、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  東洋機械の代表取締役である長秀行は昭和四五年二月ころ同会社の従業員の健康増進、体位向上を図るため九〇〇万円の私財を投じ、東洋機械の事務所の屋上に体育館を増設し、付属施設、トレーニング器具等の設備を設け、これにT・K体育センターなる名称を付して従業員に利用させていたが、右長の意向により地域住民にもこの施設を開放するようになり、昭和四七年一〇月ころからは会員を公募して広く社会教育の一環としての体育活動を行なうようになった。その後も東洋機械の従業員は一〇名程度が施設を利用していたが、一般会員数は最高時二〇〇名くらいに増加し、一般会員による社会体育活動が右体育センターの主たる業務になった。

2  右体育センターは、東洋機械とは別個の組織とされ、前記長が、その発足当初からその理事長に就任したが、現実の運営は一、二年の間は財団法人淀川善隣館に委託され、その後同法人がその運営から手を引いた後の昭和四七年四月以降は専任コーチが置かれて、トレーニングを指導するようになった。また、このころ、数名の運営委員からなる運営委員会が設置されその運営にあたるようになり、昭和四九年二月五日には、右のような組織の拡大、社会的信用の増大に対処するため、次のような内容の規約が作成され、爾後、その運営はほゞこの規約に従ってなされることとなった。

(イ)右体育センターは、東洋機械及び東洋機械通商の従業員、近隣地域住民の健康開発、体力増強に資することを目的として、体操及び各種トレーニングの指導訓練並びにこれに付帯する各種の事業を行なう、(ロ)前記体育館及び付属施設、諸器具類一切を右体育センターの所有とする、(ハ)将来財団法人にする、(ニ)代表者として理事長(前記長)を置き、理事長と若干名の理事で構成される理事会を最高決議機関とする、(ホ)理事会の下に、若干名の運営委員によって構成される運営委員会を設置し、同委員会は理事会の方針に従い具体的な事業の運営にあたる、(ヘ)理事長は、理事、運営委員、監事を任命する、(ト)運営、管理のための会計処理は独立採算制とし、定期的に会計担当者(事務局)が運営委員会に会計報告を行ない、運営委員会はこれを監査のうえ理事会に提出する、(チ)規約の改廃は理事会の決議による。

3  右規約作成により、右体育センターの運営機構も整備され、理事長の任命にかかる理事一、二名、運営委員数名によって理事会(理事長を含む。)及び運営委員会が構成され、理事会は年二、三回、運営委員会はほゞ毎月一回開催されるようになった。しかし、理事及び運営委員の大部分は東洋機械と東洋機械通商の役員又は従業員によって占められ、理事長、理事、運営委員、その所属会員を含めた総会が開かれたことは一度もなかった。

4  理事長が任命した事務局員が会員の入会手続、入会金、月会費の徴集、各種の費用の支出、金銭出納帳の記帳等を担当し、毎月貸借対照表、損益計算書を作成するなど、その会計処理は東洋機械から独立して行なわれ、当初は東洋機械から月一〇万円程度の援助を受けていたが、その後昭和四九年ころ以降は一般会員数の増加による会費収入の増大等によって東洋機械の援助を必要としない程度の経済的独立が確立した(但し、その後もほゞ収支相半ばした状態で利潤があがる状態ではなかった)。

二  以上の認定事実からすると、T・K体育センターは、前記規約によって、その目的(公益目的)が定められ、前記長の寄付行為に基づき増築ないし備付けられた前記体育館、付属施設、諸器具類一切をその所有とすることが明らかにされているほか、代表者(理事長)、管理運営機構(理事会、運営委員会)、意思決定方法、財産の管理、運営方法などが確定され、遅くとも昭和四九年ころ以降は経済的にも独立した活動をなしていたのであるから、右体育センターは、寄付者(前記長)の個人財産から物理的社会的に分離独立した基本財産を有し(なお東洋機械からも分離独立している。)かつその管理運営のための組織を有するに至ったものと認めることができ、いわゆる権利能力なき財団として、社会生活において独立した実体を有していたものというべきである。

もっとも、被告らは、原告のコーチらに対する給料の支払主体は東洋機械であり、原告は前記長の個人事業ないし東洋機械の厚生事業に過ぎない旨主張し、《証拠省略》によれば被告岡本の税務上の支払主体は東洋機械であったことが認められるが、《証拠省略》によればこれは被告岡本が東洋機械の正社員(厚生課員)としてその支給を受けていたからであって、《証拠省略》によれば、右体育センターの他のコーチに対する給料は体育センターの会計から支出されていることが認められるので、原告の業務を担当する者のうち東洋機械の業務をも兼ねそのため同会社から給料の支払を受けている者がいるとしても、このことは別段前記認定事実を左右するものとはいえない。

三  以上の次第で、T・K体育センターは、財団法人の前身ともいうべき設立中の財団として民訴法四六条にいわゆる権利能力なき財団で代表者、管理人の定めのあるものとして、当事者能力を有するものと認めるのが相当である(なお、社団法人としての実体を具えているものとはいえないので、権利能力なき社団とみるのは適当ではない。)から、右体育センターが原告となって本訴を提起し、その訴訟遂行をすることができるものというべきであり、被告らの本案前の抗弁はその理由がない。

第二本案についての判断

一  当事者間に争いがない事実

原告が地域住民から会員を募り、入会した会員を少年・婦人・成年の各クラス別に編成し、各クラスに専属の体育コーチを置いて体育活動を行なってきたこと、被告岡本が昭和四八年四月ころ専任コーチとして原告に入所し、同年一〇月から主任コーチになったこと、被告重江が原告の専任コーチになったこと(但し就任時期については争いがある。)、原告の近隣地区に社会体育センターが設立され、被告両名及び原告所属の会員の一部が同体育センターに移籍したこと、原告は、各会員につき、当初は各クラス一率に入会金一〇〇〇円、各月会費として児童、婦人クラス各二〇〇〇円、成人クラス三〇〇〇円、その後、入会金各クラス一率に五〇〇〇円、各月会費として児童クラス三〇〇〇円、婦人クラス三五〇〇円、成人クラス五〇〇〇円をそれぞれ徴集していたこと、被告両名が、原告の会員の入会受付事務を行なっていたこと、被告重江が会費等の徴集及び会員名簿の整理をしていたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の請求についての判断

1  前記争いがない事実や、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一) 被告岡本は、昭和四八年ころ専任コーチとして原告に入所し、同年一〇月から主任コーチ、その後原告のコーチ、トレーナーの中から唯一人運営委員に任命され、トレーニング等の指導訓練の責任者としての地位にあり、被告重江は、昭和四九年四月ころ、原告の専任コーチとなり、被告岡本とともに原告の事務室に常勤し、同被告を補佐すべき地位にあったものである。

(二) 被告両名は、日頃から原告の体育館の面積が狭く、床運動の正規の広さがとれず、また天井が低いので、十分なトレーニング等の指導訓練ができないことを不満に思い、再三原告の運営委員会等においてその改善について発言したが経済的理由等から聞き入れられなかったため、次第に原告に自分達の職場としての将来性について限界を感じるようになった。そこで、被告岡本は、昭和五〇年一月ごろ原告の元理事であった訴外玉井三貴男に相談した結果、同年九月ごろ新らしい原告と同種の体育施設を作ることになり、被告重江にも計画を話して協力を求め(被告重江も給料が安いこと、施設が十分でないことに不満を抱いていたので、これに賛同した。)原告の会員及びその父兄らの資金援助も受けて、被告両名がまだ原告に在籍中の昭和五〇年一一月ころ、資本金四〇〇〇万円の株式会社として社会体育センターが設立された(なお、被告岡本は社会体育センターの発起人の一人であり、現在その取締役でもある。また被告両名とも社会体育センターの株主になった。)。

(三) その後、社会体育センターは、原告から約一・五キロメートル離れた場所に体育施設を建設し、昭和五一年四月ころ開校した。

(四) 被告両名は、原告に在籍中から次のような社会体育センターの開校準備工作をした。

(1) 昭和五〇年一一月ころから、新らしい体育施設を作ることになった旨宣伝して、原告のコーチ、トレーナー、会員に対し、社会体育センターに移籍するよう勧誘した。

(2) 昭和五一年初めから、社会体育センターのパンフレットの作成にかかったが、指導部、専属トレーナー欄の名前はすべて原告在籍のコーチ、トレーナーの名前を使用し、パンフレットの写真の大部分は原告の建物、行事の写真を用い、しかもその中には原告に備え付けてあったアルバムから写真をはがして使用したものもあった。

(3) 被告岡本は同年二月三日原告を退職し、同年三月三日には被告重江及び当時原告に在籍していたコーチ、トレーナーの大部分の者が原告を辞めたが、そのころ、被告重江らは、原告を退会する会員に対し、原告の会員証と引き換えに前記社会体育センターのパンフレットを渡し、社会体育センターの傷害保険料を原告の封筒で徴収するなどした。

(4) 被告岡本は原告を退職する一か月か半月ほど前に原告を辞めることを申出で、他の者は四月いっぱいは勤めるというので、原告は同年二月二七日に三名の後任のトレーナーに来てもらい、引継ぎをはかったが、三月三日に東洋機械の総務部長であった訴外笠原利一が被告重江に会計処理の杜撰なことを指摘したことが起因となって、同日ほとんどのコーチ、トレーナーが辞めてしまい、引継ぎが円滑になされないでしまった。

(五) その結果、原告のコーチ、トレーナーは被告両名はじめその殆どが社会体育センターに移籍し、原告の会員も、同年三月当時の会員数約二〇〇名のうち約一五〇名が社会体育センターに移籍したため、原告は業務の継続ができない状況となった。すなわち、原告のような業務では、コーチ、トレーナーと会員との個人的つながりが重要であるところ、後任のトレーナーとの引継ぎも十分行なわれておらず、新らしいコーチを雇っても会員が集まらないことが予想されたため、同年三月一九日公募した会員を対象とする原告の活動は事実上停止せざるをえなくなった。

(六) 原告は、昭和四七年ころからその活動を停止するまでの間、近隣地域の住民から会員を集めて社会体育活動を行ない、昭和四九年、五〇年ころには常時約一五〇名前後の会員を有し、近隣地域との結びつきを深めていた。また、原告の会員は各種の競技大会に出場して入賞し、その活動は業界新聞にもとりあげられるなど社会的にも評価を受けていた。

2  以上の認定事実からすると、被告両名は、原告在籍当時から原告における被告両名の地位を利用して、原告のコーチ、トレーナー、会員を社会体育センターに勧誘し移籍させるなどして原告の業務を妨害し、原告をして公募した会員を対象とする活動を事実上停止させるに至ったものということができるから、被告両名は右行為(共同不法行為)に基づく原告の損害を連帯(不真正連帯)して賠償すべき責任を負うものというべきである。

3  ところで、原告は前記第一の認定判断したとおり営利を目的としない権利能力なき財団であるが、かかる財団といえども社会的評価の対象として客観的名誉の主体であることは自然人となんら異なるところはないから、財団がその社会的評価を侵害された場合には当然それによって被った無形の損害について、民法七一〇条により、いわゆる慰謝料とは別個の損害賠償請求権を取得するといわなければならない。

そこで、本件において原告が被告両名の右不法行為によって被った損害について検討すると、原告が被った損害の内容は、その活動を継続することができなくなったことによって低下した社会的信用評価であるというべきであり、その損害額は、前記1の(六)において認定した社会的評価の程度、同(五)において認定した被害の程度、同(四)において認定した侵害行為の態様、前記争いがない入会金、会費の額、第一の一の4において認定した収支の状態その他本件に顕われた諸般の事情を総合すると、九〇万円と評価するのが相当であると認められる。

二  請求原因3の請求についての判断

1  前記争いがない事実や、《証拠省略》によれば次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一) 原告は、会計処理のための事務局を置き、昭和四九年以降、東洋機械の総務課長である訴外西田悦男、昭和五一年二月からは同じく総務部長である前記笠原利一がそれぞれ会計事務を担当していた。

(二) 会員からの入会金、会費の徴集事務は、当初は東洋機械の総務課員で原告の運営委員でもあった訴外山口満信が兼業で行ない、体育館でトレーナーが集めたものを整理して伝票を起して正式会計処理がなされていたが、昭和四八年夏ごろ以降は、被告岡本が、事務室に常勤していることから会員の入会手続、入会金、会費の徴集等の事務を責任者として委されるようになり、被告重江が原告に入所してからは、被告重江が被告岡本を補佐して、会員の入会受付手続を担当し、会員名簿を作成して右事務局に報告するほか、現場のコーチ、トレーナーによって徴集された入会金、会費を預り、業務日報とともに数日分をまとめて右事務局に届けていた。

(三) 被告両名は本来、会員の体育指導を業務とするものであるが、原告には専属の事務員が存在せず、右事務局も東洋機械の従業員一名が業務のかたわら原告の会計事務を担当していたに過ぎないので、被告らが便宜上、入金事務等を行なっていたものであり、被告重江が記帳していた入金ノートは常時原告事務室に置いてあったにもかかわらず、原告または右事務局がそれを監査することはなかった。

2  以上の認定事実からすると、原告には会計処理のための事務局が存在したとはいえ、現実の入金事務等は被告両名が職務として行なっていたものと認められるから、被告両名は原告に対しそれらの事務を適切になすべき義務を負っていたものというべきである。

3  そこで、請求原因3の(二)の(1)の損害についてみるに、前記争いがない事実や、《証拠省略》を総合すると、別紙目録(一)の入会金又は会費は、各会員がそれぞれ被告らに納入したにもかかわらず、被告両名から前記事務局に入金されていないことが認められる。これによる原告の損害が二五万三五〇〇円であることは計数上明らかである。

4  次に同3の(二)の(2)の損害についてみるに、《証拠省略》によると、上原よしのり、同まさとし、中山誠基の三名が原告に在籍していたにもかかわらず被告重江記載の会員名簿等に記帳されておらず、従って被告両名から前記事務局に対し同人らの入会金、会費が全く入金されていないことが認められる。別紙目録(二)のその余の会員(会員番号のみの記載を含む。)については本件に顕れた全証拠を仔細に検討しても、入会していたことないしは入会金等の入金の事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、前掲甲第四九号証及び被告岡本本人尋問の結果によれば、必ずしも同号証の会員番号順に入会受付をしたものではなく、会員数を多くみられるようにするためなどの理由で適当に番号を飛ばして記帳していたことが認められるので、同号証の記載をそのまま信用することはできない。右認定の三名に関する原告の損害は、前記争いがない入会金、会費の金額を斟酌して、入会金一〇〇〇円、会費三〇〇〇円、二ヶ月在籍したものとして計算すると二万一〇〇〇円となる。

5  前記3、4の原告の損害は、被告両名がその業務を適切になさなかったために生じたものであると認めることができる(被告両名が前記金員を横領したと認めるに足りる証拠はない。)。しかし、前記1の認定事実によると、原告は、会計処理のための事務局を置きながら、体育指導が本来の業務であり、充分な事務処理を期待できない被告両名に現場での入金事務等を任せきりにし、事務局の会計処理が杜撰で、運営委員会、理事会の会計監査が十分行なわれていなかったことにもその一因があり、したがって原告にも過失があるといわなければならず、その過失割合は約五〇パーセントとみるのが相当であると解されるので、前記3、4の損害額からこの過失割合を控除した一三万七二五〇円が、原告が被告両名(被告両名の債務不履行の競合による責任として不真正連帯と解する。)に損害賠償として請求しうる金額というべきである。

第三むすび

以上の理由によれば、被告両名は、原告に対し、連帯(不真正連帯)して、前記第二の一、二の損害金合計一〇三万七二五〇円と、これに対する訴状送達の日(不法行為の後又は損害金請求の日)の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五一年七月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、これを超える支払義務はこれを肯認することができない。

よって、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、これを超える部分は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小倉顕 裁判官 渕上勤 小野洋一)

<以下省略>

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